フリーランスになるまで その2

freelance2(↑第1フリー時代後半のデスク)

その1はこちら

立ちはだかる壁



会社を辞めてからどうしようかと考えつつ、とりあえず頂いてた仕事があったので
それに集中していました。
ただ今の状況だと生活費をまかなうのが精一杯。前の会社のお給料もそんなに多くなかったので
食費もあまりかけられずパンだけ食べる日もありました。
結構辛く、どうしようもなく親にお金を借りることもありました。
あの時の自分のふがいなさはずっと心に残っています。
まったくの無計画で親にも迷惑をかける最低な状況でした。
これだけでは生活ができそうになかったので負担が重くならない映像関係の仕事をなんとか見つけて(詳細は次の章で)
働きつつやっていたのですが、ある時からバッと前回もらってた個人の仕事がなくなりました。
色々事情を調べると、、、知り合いで同じようにフリーで活動していた先輩がいたのですが
自分が引き受ける前に引き受けていた案件が多く、
簡単に言えば取り返されてしまったということです。
あとで聞いた話ではその先輩は色々と自分の作った映像、撮った映像のダメ出しをクライアントにして
自分の評価をガクッと落とし、強引に取り返していたみたいです。
もう人間不信になりましたし、フリーで活動することの怖さも感じました。
ここは取った取られたの世界でもあるんだなと改めて闇の部分があることを勉強させられました。
前回やったからって営業や努力もせずに今回もやらせてもらうとは限らない。
こんな当たり前なこともわからないくらいまだまだあまちゃんだったということです。

映像の会社へ



生活するためにフリーでやりながらも以前からお世話になっていた機材レンタルの会社で働くことにしました。
メインはレンタルですが、ダビングや撮影、編集などの制作関係もやったりしていて
今でも撮影の案件ではカメラマンとしてよくお手伝いさせていただいています。
ここは前の制作会社と違って朝は早いですが、
遅くとも19時過ぎくらいには帰れたのでそのあとにフリーの仕事に集中できるので助かりました。
それに良かったのは機材に常に触れることができるということ。
また照明や音響、プロジェクターなど自分があまり使ってない様々な機材の知識も学ぶことができましたし、
新しい機材がどんどん入ってくるので常に最新の映像機材をいじれるのはとても新鮮で面白かったです。
そのため個人の仕事が入った時もここでの知識や経験で色々な対応ができるようになりました。
しかし、ここに入って半年くらいで先輩に仕事をとられてしまったので
ほとんどの比率はここでの仕事になってしまっていました。
(仕事を取られた)先輩が関わっていなかった仕事は数件あったので、そういった仕事をほそぼそとやりつつ働く日々が続きました。
正直人間不信にもなっていたのでフリーでやるのはもうやめようか迷っていました。
そうすると帰っても映像のことも考えなくなりぼーっとテレビ見たりするだけだったので
どこか自分の中でこのままじゃダメだという気持ちがふつふつと湧いてきました。
前の制作会社もああいう事情があって応援してもらいつつ辞めた経緯もありましたし。
ということもあり、とりあえずお金になる仕事とか考えずに自分から撮らせてもらえるものがないか探すようになりました。
その中でも印象的だったのは自分で企画した映像。
それは自分がダンサーだったこともあり、プロとして活動している人も多かったのでそういった知り合いのダンサーPVを作ることでした。
1~3月は準備期間として4~12月で9ヶ月、1ヶ月に1本作ることにしました。
久しぶりに会う人も多かったのですごく楽しく、純粋に映像を楽しんでいた頃に戻った感覚でした。
そういった映像を作っているうちにまた色々なところから声がかかるようになり、
徐々にフリーとしての仕事が増えるようになりました。
このダンサーPVが自分のターニングポイントになったのかもしれません。

その3へ続く

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